障害者問題

2006年12月24日 (日)

障害者になって生き方が変わった彼

 ポチです。いよいよ今年もあと1週間となりました。みなさん、あわただしい日々をお過ごしでしょうか?
 今日は、本当は、愛媛県松山市での浜田省吾のコンサートに行く日でした。仕事が入り、泣く泣くあきらめました。山口県周南市でのコンサートには行っているから、「まあいいか」とあきらめたのですが、その後、セットリストも変わっているみたいで、ヒドク辛い思いをしてオリマス。しかも、周南市のコンサートのときは、2階席のそのまた後ろの方で、ホールの一番後ろの壁から3メートルくらいのところだったのですが、松山市のコンサートでゲットした席は前から19列目だったんですよ~。ア~アっと。

 ということで本題です。
 今日、障害者の方の話を聞きました。彼が「障害者になってから、生き方が変わった」って言ってたのが、ほんとうに心に響きました。

 彼は、3年前に脳内出血で、左半身が不随になりました。それまでは、トラックドライバーで、元気いっぱい働いていました。仕事は大変だったけど、収入もそれなりにあって、何不自由ない暮らしをしていました。そのころは、「日本には人間が多すぎる。戦争を2~3回やったら、人間の数も減るし、仕事も増えて収入も増えるのに」って思っていたそうです。

 ところが、いきなり障害者になってしまって、生活がガラッと変わりました。もちろん、仕事はできません。体は自由になりません。収入もなくなってしまいました。トラックドライバー時代の高収入も、自由奔放にお金を使っており、蓄えはほとんどありません。たちまち、暮らしに困ってしまいます。
 彼は思ったそうです。「戦争になったら、足手まといとして、一番最初に処分されるのはオレ達だろう。それでいいのか」って。彼は、いまの社会の状況を見て、直感的にそう思ったのでしょうが、それは歴史の事実です。

 沖縄タイムスが「障害者の沖縄戦」という特集を連載していて、1993年7月7日付に、「戦場の倫理は障害者排除 放置、殺害も」という記事が載っています。この記事は、安仁屋政昭さんという沖縄国際大学の教授のインタビュー記事でした。
 ここで、安仁屋教授はこう言っています。
 「障害者は恥ずべき存在だった。視覚、聴覚、精神に障害を持つ者は邪魔者扱い。基本的に隔離、放置された。人間の尊厳は否定されていた」
 「障害者に限らず、寝たきりの病人、老人、幼児も同じ。それらを抱えることで人手、食糧、医薬品が必要になり、基本的に、足手まといになる。それに、障害者も簡単な軍作業には駆り出され、部隊の移動も目撃し、ある意味では軍事機密を知っている。米軍に捕まったらどうなるか。軍の論理としては、やはり『殺せ』となる」
 「聴覚障害者がスパイ容疑で殺された例がある。前線をうろついて日本軍に尋問されたが、答えない。身振り手振りをしても、疑われたら最後。ろうあ者のまねをしてると刺し殺された。方言を使う者はスパイとみなす、とされたが、それと同じ。言語通じぬ者はスパイ、ということ。精神障害者が殺された例もある」
  「最後まで守ったのは家族だが、足手まといだとして、共同体が放置させた話もある。戦場で放置されれば、障害者、特に視覚障害者は終わり。ほうっておけ、は殺せと同じ意味を持つ。家族が放置したのではなく、はぐれてしまった場合に、障害者自身が放置されたと思っている事例もある。これは聴覚障害者に多いようだが」

 彼にとって、電動車椅子は、生活の必需品です。しかし、それまで、介護保険制度で車椅子が貸与されていましたが、介護保険法の改悪で、彼は「要支援」と認定され、車椅子の貸与が打ち切られてしまいました。

 改悪された介護保険法では、「要支援」に認定された人は、介護サービスを提供してしまうと、ドンドン介護が必要になってくる、だから、サービスは受けさせないようにして、「介護予防」って言って、「筋力トレーニングをしましょう」なんていうことになるわけです。

 彼は、「一人で外出することができる」というわけです。その出歩ける彼に車椅子を提供すると、ますます歩けなくなる。だから、もう貸与しない。これは本人のためなのです っていう理屈なのです。
 たしかに彼は、杖を突き、時間をかければ、外出することはできないことはありません。しかし、これまで、電動車椅子で15分かけて行っていたスーパーも、歩くと半日仕事です。横断歩道も青の間に渡りきることはできません。とても出かける気にならないのはアタリマエじゃないでしょうか。
 市役所に、「配食サービス」を頼みましたが、これも「出歩ける人にはダメです」と言われました。彼は、食事も取れず、空腹を抱えて、一人で家に閉じこもる日々が続きました。

 今は、彼の仲間が市役所に掛け合い、なんとか車椅子を確保することができたそうです。

 政治っていったい何なのでしょうか・・・。
 日本国憲法第25条は、こう言っています。
  1、すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
  2、国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
 地方自治法第1条の2は、こう言っています。ちなみに、ここで「地方公共団体」って言ってるのは、都道府県や市町村のことです。
  地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする
 いま、この憲法や地方自治法の定めって、いったいどこに行ったのかって思うのはポチだけでしょうか?
 もちろん、戦争中の沖縄でおこったように、いきなり命を奪われたりはしません。しかし、こんな状況って、障害者の方たちにとって、「死ね」って言われるのと同じでなのではないでしょうか。

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 彼の話を聞いて、ほんとうにツライ気分になった一日でした。

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