「テロとの戦い」って何?
ポチです。
マスコミは、自民党総裁選の候補者問題一色ですね。
「上げ潮派」だの何派だの、何を大騒ぎしてるのやら。しょせん、自民党のセンセイ方。大企業とアメリカ言いなりで、国民の暮らしは破壊するという点では、違いなどありはしないのにねえ。
ここ2、3日で、一番頭にきて、キレかかったのがコレ。
アフガン日本人拉致殺害事件 町村官房長官「このテロとの戦いに引き続きコミット」
FNNフジニュースネットワーク 8月28日 11:53
アフガニスタンでNGO(非政府組織)スタッフの伊藤和也さん(31)が武装グループに拉致され死亡した事件を受
け、町村官房長官は28日朝の会見で、今回の事件を深刻に受け止めつつも、臨時国会の焦点であるインド洋における多国籍軍に対する給油活動を継続させる法
案の成立に強い意欲を示した。
町村官房長官は「尊い犠牲を今回、NGOの方からお1人出てしまったわけでありますけれども、そうであればあるほどですね、このテロとの戦いに日本が引き続き積極的にコミットしていく」と述べた。
一方、自民党内では今回の事件を受け、テロとの戦いの重要性が再認識されたとして、海上自衛隊による給油活動の延長を目指すべきなどとする声が上がった一方で、今回の事件とはあくまで切り離して検討すべきとの意見も出ている。
(赤字・太字はポチによるものです)
この記者会見の模様をテレビで観たときは、思わずテレビに向かって持っていたコップを投げ付けそうになりました。
伊藤和也さんの死をこんなふうによく利用できるものだと思います。
この人たちは、しばしば「テロとの戦い」という言葉を口にします。
「テロとの戦い」とはいったい何なのでしょうか?
テロなどあってはならないものであることは言うまでもありません。テロリストはテロをおこなった理由について口にすることが多く、頷ける場合もあります。しかし、だからと言ってテロという行為が許されるものではありません。
では、この「テロとの戦い」とは、「テロをなくすための戦い」なのでしょうか?
私には、とてもそうは思えません。
戦争でテロはなくなりません。それどころか、憎しみを増幅させ、テロの温床を拡大していくだけです。
ペシャワール会の中村哲さんの著書「医者、用水路を拓く」にある私の好きな文章を紹介します。
日照りの夏には涙を流し、恵みの雨に感謝する。用水路が延びて砂漠に水が流れ、緑地が増える毎に皆と小躍りする。外国兵の横暴に憤り、親しいものが死ねば悲しみ、病で斃れる子に胸を痛め、収穫が多ければ共に感謝する。それだけのことだ。そして、それ以外に何ができるのだ。
上空を軍用機がけたたましく飛び交い、私たちは地上で汗を流す。彼らは殺すために飛び、人々は生きるために働く。彼らは脅え、人々は楽天的だ。彼らは大げさに武装し、人々は埃まみれのオンボロ姿だ。彼らは何かを守るが、人々には失うものがない。
「民主国家? テロ戦争? それがどうしたって言うんだい。外人とお偉方の言うことは、どうも解からねえ。俺たちは国際正義とやらにだまされ、殺されてき
たのさ。ルース(ロシア=ソ連)もアングレーズ(英米人)も、まっぴらだ。世の中、とっくの昔に狂ってる。だから預言者も出てきたのさ。それでも、こうし
て生かせてもらってる。やつらのお陰じゃあない。神の御慈悲だよ。まっとうに生きてりゃ、怖いことがあるものか」
これが、人々と共有できる私の心情でもある。
実に素朴なアフガンの人々の姿がここにあり、その人々を見つめる中村さんのピュアな目線に心動かされます。
しかし、この素朴なアフガンの人々も、外国軍隊によって家を焼かれ、愛する肉親を殺されたらどうなるでしょうか。
アフガンでいったい何が起こっているのかも知ろうとせず、そこで多くの尊い命が失われていることに思いを馳せることもできず、ただ単に、自分の政治的スタンスに固執して伊藤さんの死を利用する醜い姿をさらした哀れな男だと思うしかありません。
テレビで観た中村哲さんのインタビューの言葉(うろ覚えですので言葉としては正確ではないと思います)。
「人々が腹いっぱいにモノが食えるようになること、それが暴力と混乱をなくしていく道です」
町村さんの発言の対極にある言葉ですね。
私は、断然、中村さんの言葉に共感します。
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