« どうしてこうまでに知性のない人がそろってるんだろう | トップページ | ダメだこりゃ――いったい何のための「政権交代」なのか? »

2008年12月 9日 (火)

「喫煙室問題」の背景――黄柳野のこと

 ポチです。
 今日も朝から雨模様で、寒さが一段とこたえました。
 とくに、うちの職場は、室内禁煙で、タバコをすう時は外に出なければなりません。こう寒いとタバコを吸うのにも覚悟が必要です。
 みなさんのところではいかがでしょうか?



 ということで、今日の話題は昨日の「毎日」に載っていたコレです。


社説:視点 喫煙室事件 社会の包容力も問われている

                      =論説委員・三木賢治

 社会のありようにかかわる難問を突き付けられた形だ。愛知県新城市の私立黄柳野(つげの)高が生徒寮に“喫煙室”を設けたため、県青少年保護育成条例に違反するとして県警の家宅捜索を受けた事件のことだ。
 言うまでもないが、20歳未満の高校生の喫煙は未成年者喫煙禁止法で禁じられている。それなのに教職員が喫煙を助長していたとすれば由々しき一大事だが、同高の場合は他校の中退者ら複雑な事情を抱える生徒を全国から受け入れていることもあって、話は単純ではない。
 13年前の開校以来、いくら指導しても、隠れてたばこを吸う生徒が後を絶たなかった。昨年1月、女子寮でボヤ騒ぎが起きたのを機に、教職員会議で激論の末に寮内の空室を禁煙指導室として在校生約230人の約3割を占める喫煙者に提供することにした。同室での喫煙を黙認する代わり、室外での喫煙を厳禁。喫煙者は毎月、専門家のカウンセリングを受け、10年までに禁煙するのが条件だった。「違法は承知だが、無理やりやめさせれば隠れて吸う。火事の危険もある。苦渋の選択だった」と辻田一成校長は説明する。
 “喫煙室”の存在は今年10月、警察の知るところとなり、未成年者に喫煙場所を提供したとして摘発されたわけだが、その評価は分かれよう。嫌煙が 世界の潮流となっている折、指導が手ぬるいと批判されてもおかしくない。一方で、教職員が生徒の事情をくんだ指導法ならば、相応に尊重されねばなるまい。
 大切なのは、建前では割り切れない問題があると知ることではないか。一筋縄でいくはずのない正邪、勝敗、損得などを二者択一式に判断する風潮が広がる。多数派の価値観に合わないと、規格外として排除する傾向も強まる。情理の理が強調され、情の影は薄れる。世の中がぎくしゃくしていると嘆く人が目立 つのも、無理からぬ話だ。
 刑罰に関しては、“大岡裁き”が通用しにくい時代になったのかもしれない。世論は厳罰化になびき、捜査機関は無用な批判を浴びたくないと考えがちだからだ。人々は自説を貫く自信を欠き、社会は包容力を失っているようにも映る。
 同高の“喫煙室”は捜索の後、閉鎖された。生徒たちは学校の将来を憂え、校長らが犯罪者にされることを心配している。全校で今年度中の禁煙を申し合わせたが、早々に禁煙に踏み切る生徒が相次ぎ、隠し持っていた30個近い灰皿が自主的に廃棄された。司直が結論を下すのは、生徒たちの禁煙の行方を見極めてからでも遅くはあるまい。
                  毎日新聞 2008年12月8日 東京朝刊

 

 この記事の視点には概ね同意します。

 実は、この黄柳野高校というのは、私の息子の母校です。彼が在学中は、何度も足を運びました。ですから、少しは学校のことも知っています。今回の問題がおこって世間を騒がせていますが、このことを聞いた私の感想は「黄柳野らしいなあ~」でした。


 黄柳野高校は、全国から不登校の子や問題があってそれまでの高校をやめざるを得なかった子どもたちが集まっている全寮制の高校です。

P21919452

 ↑黄柳野高校です。息子の卒業式の日に撮った写真です。
 右の方が正面玄関。右の方が写っていませんが、正面玄関の左右に教室が並んでいます。木造の非常にユニークな校舎です。


 息子が黄柳野に行くことになった経過は、この記事で書いています。よかったら読んでみてください。ここに書いた「愛知のある高校」というのが黄柳野です。


 そもそも、黄柳野高校のことはよく知らなかったのですが、黄柳野に息子を行かせようと思ったのは、学年途中からでも、とにかくうちの息子を入れてもらえそ うであることと、当時、若林繁太さんが名誉校長だったことを知ったからです。教育問題には疎い私でも、若林さんの著書「教育は死なず」は読んだことがあり、感銘を受けていました。
 ただ、それだけだったのです。
 それが、何度か、黄柳野に通ううちに、黄柳野の良さがわかってきました。


 全寮制の高校なので、長期休暇の間はもちろん、学期の中間にも休みがあって、自宅に戻れるようになっています。そして、その際には、迎えに来る父母との懇談会などが設定してあります。
 息子が、万が一にも「いらん子を家から排除した」なんて思ったら大変だと、夫婦で一生懸命通いました。愛知県の山の中。確か、静岡県との県境がかなり近かったと思います。片道、7~8時間だったと思いますが、車を飛ばして行っていました。ひどいときは、前の晩に出発し翌朝着いて、懇談会に出て、息子を乗せて午後に出発、夜中に宇部に帰ってくる、24時間で1万6千キロを走るという強行軍もありました。


 その懇談会では、父母からいろんな意見や要望が出されます。
 最初の頃は、「いったい何のこっちゃ」という気分でした。
 だって、出される要望が、たとえばこんなものだったからです。

 「子どもに授業に出るようにさせてください」
 「タバコをやめさせてください」


 はあ?
 っていう感じでした。

 で、スタッフ(「先生」とは言いません)のみなさんがそれに答えるのですが、それを聞いて、「あ、ひょっとしたらいい高校に来させたかな」と思ったものでした。

 スタッフの方の答えはこうです。

「無理やり授業に出させても、けっしてその子のためになりません。自分から授業に出ようと思うようになることが大事なのです」
「タバコを禁止だと言って取り上げ、子どもたちを監視し、吸った子どもを処罰するというのでは何の問題も解決しません。自分自身でタバコはやめるという意思を持たせることが大事なのです」


 教育には、「理想」と「現実」があります。
 ほとんどの教師の方は、高い理想をもち、がんばっておられます。
 しかし、「現実」の前に「理想」は霞みがちです。実際の教育現場の困難さから「理想」とかけ離れた実践をせざるを得ない場合が多いのではないでしょうか。
 黄柳野は、あくまでも「理想」から出発し、「現実」をそこに近づけていこうと努力している学校なのだと思いました。
 ただ、それは言うほどには簡単ではありません。
 子どもたちを取り巻く社会は矛盾だらけです。醜い大人たちを見て子どもたちは成長します。それが学校現場に深刻な影を落としています。数多くの矛盾の前に、私の目から見ても、けっしてうまくいっていたとは言えなかったと思います。
 それでも、「理想」を大事にする、「理想」を貫こうとする黄柳野の姿勢は好きでした。

 たとえば、こんなことがありました。
 息子の寮のスタッフの方が、危険物取扱いの資格を得る国家試験に挑戦してみないかと呼びかけました。「ガソリンスタンドのバイトをする際も、この資格を持っていれば自給が高くなるぞ」という呼びかけが効いたのかどうか、うちの息子をはじめ、たしか10名前後の子どもたちが勉強を始めました。授業にもろくすっぽでない子どもたちが、毎夜、一生懸命勉強をしたそうです。そして、ほとんどが合格しました。
 子どもたちの自主性を引き出せれば、真剣に努力するし、大きな力を発揮するということの実証だったと思います。

 それから、こんなことがありました。
 ちょうど、そのころ中越地震がおこりました。子どもたちの一人が「救援のボランティアに行きたい」と言ったそうです。
 学校は、その声に応え、希望者を募り、数名だったと思いますが、スタッフの方もついて、授業扱いで被災者救援のボランティアに行きました。うちの息子も志願して行くことを知った時は、ちょっぴり息子を自慢したくなったものです。



 黄柳野の矛盾は、教育実践の困難さとともに、経営の問題も抱えていたように思います。
 正確にはよく覚えていませんが、当時の黄柳野は一学年100人前後だったのではないでしょうか。友人の私立高校の教員に聞くと、「とても、その生徒数ではまともな経営はできないだろう」とのことでした。
 

 この矛盾は、学校の基本理念をも揺り動かしていました。息子が卒業する前あたりには、生徒数を増やすために、「理想」から離れて、「普通」の高校になろうとする動きもありました。

 現在の黄柳野がどうなっているかはわかりませんが、今回の「喫煙室問題」をみると、その基本は守られているのかなと思います。


 「理想」を大事にし、困難であってもそれに立ち向かっていく。そしてあるがままの子どもたちを受け入れ、その自主性を何よりも大事にし、成長を援助していく。いま、そんな高校がもっともっと必要なのではないかと強く思います。



 直接、「喫煙室問題」とは関係ない思い出話のような話になりました。でも、「喫煙室問題」の背景を考える上での参考になれば幸いです。


 では、また。





 

|

« どうしてこうまでに知性のない人がそろってるんだろう | トップページ | ダメだこりゃ――いったい何のための「政権交代」なのか? »

コメント

 初めまして。私は、黄柳野高校が所在する地方で、至ってしがない「フリージャーナリスト」の職業としている「貧困」そのもののライターです。貴殿が記された記事「黄柳野の喫煙室」が掲載され時期からすると、非常に間の抜けた「コメント」になりますが、ちょっと気になったので、一言、簡単に書きます。

 私も、今の職業に就く前の新聞記者時代、同校が崇高な理念で「市民立」と銘打って市民から浄財を集めて創立された活動や、創立後も同校の生徒たちを取材して記事を書いてきました。そして私は最近も、同校の某部活を取り上げて「若者と憲法」というタイトルで連載の特集記事を書き、貴殿が賞賛されていた生徒の自主活動を評価した経験からも、貴殿が「黄柳野の喫煙室」で挙げられていた生徒たちの自主活動はとても大切だと理解しています。

 しかし、です。同校は、地元地域からも隔離され、閉鎖的な運営をしているがためか、遺憾なことに、同校の一部幹部たちによって創立時の理念は忘れ去られ、ひん曲がっている運営がまかり通っている現状はご存知ですか?。知らない人たちが多すぎると言うのが僕の率直な感想です。その厳然たる事実を知らないで、今回の喫煙室問題とか、その直前に起き、警察ざたにも発展した、生徒寮内での生徒たちによる「暴力事件」の本質は語れません。

 また同時に、同校では、生徒たちの自主活動を大事にしたいと頑張っている教職員らも、幹部たちが勝手に作った「就業規則」による「解雇」権の乱用で抑え込まれ、「スタッフたちが何も物が言えない」学校になり変わってしまいました。事実、そうした幹部たちの姿勢を問うために、同校教職員組合が後押しして某女性職員に科せられた「減給処分」を撤回させようとする訴訟も起こされています。それは事実です。

 そうした背景を知らないで、「毎日」の社説のような牧歌的な感想を外部から言ったとしても、現在の黄柳野高校の現状と本質を覆い隠す役割しか果たしません。

 紙幅の関係もあり、至って抽象的な書き方になって申し訳ないです。一度、黄柳野を曇りない目で見直してください。僕も一度、黄柳野の現状を告発した記事を書く予定です。

投稿: ShigweruSuzuki | 2009年2月21日 (土) 16時49分

ShigweruSuzukiさん
コメントありがとうございます。
コメントを頂いているというメールの通知があったので、久しぶりに自分のブログを開くことができました。この点でもありがとうございます。

さて、私が黄柳野と直接関係をもたなくなって、もう3年くらいたちます。ShigweruSuzukiさんの言われるように随分と黄柳野も変わったのかもしれませんね。
記事にも少し書きましたが、息子が卒業間近に、その兆候はあったと思います。職員有志の方から保護者のところに手紙が届き、一方では、当時の校長名で、「学内の混乱」「一部スタッフが生徒に指示、あおりたてる」「無法行為がまかり通る学内」などという文書が送られてきたりしていました。
出所不明の胡散臭いチラシなども届き、「疑問があったらFAXを」と書いてあったので、自分の意見をまとめて送ったこともありました。

私が尊敬していたスタッフの方が次々に辞められたということも聞いていたのですが、ShigweruSuzukiさんのコメントを見て、あらためて愕然としました。
もっと詳しい話をご存知でしたら、ぜひお教えください。
コメント欄では何ですので、
pochikoro○mbr.nifty.com(○のところを@に変えてください)まで、お願いします。
勝手なお願いで申し訳ありません。この返事のコメントをShigweruSuzukiさんがお読みになることを心から願っています。

投稿: pochi | 2009年3月 2日 (月) 19時21分

ありがとうございます❣❣

投稿: (๐^╰╯^๐) | 2015年4月 6日 (月) 00時20分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/190664/26021625

この記事へのトラックバック一覧です: 「喫煙室問題」の背景――黄柳野のこと:

» 電子タバコ [電子タバコ]
電子タバコとは [続きを読む]

受信: 2008年12月11日 (木) 10時17分

» 電子タバコ [電子タバコ]
電子タバコとは [続きを読む]

受信: 2008年12月12日 (金) 12時18分

« どうしてこうまでに知性のない人がそろってるんだろう | トップページ | ダメだこりゃ――いったい何のための「政権交代」なのか? »