変わらぬ大義――それは「弱いものを助け、命を尊重する」こと
ポチです。
ついに起こってはならないことが起きました。
伊藤和也さんのご冥福を心からお祈りします。
ペシャワール会は、1984年に中村哲さんがペシャワールに赴任され、医療活動を開始して以降、24年間に渡って、現地の人たちとともに、医療、灌漑、農業再生のための活動を展開してきました。文字通り、「命を懸けた」、血と汗と涙にいろどられた活動でした。
詳細は、こちらの記事を参考にしてください。
そして、伊藤和也さんも、5年前にペシャワール会に入られ、その一員として、アフガンの人たちの命を守るために泥まみれになって活動されてきました。
中村さんたちの「変わらぬ大義」、それは、「弱いものを助け、命を尊重する」、その一点でした。
「タリバンがどうのこうの」とか、「9・11」、「民主化」、「復興支援」などのたわ言などとは一切無縁。そこに、今、命のともしびが消えかかっている多くの人々が存在し、自分たちの努力でその命が救える、そこに自らの使命を定め、「無私」の精神で突き進む。
中村さんの講演を聞いたり、著書を読んだりして思うのは、「人間の意志というのは、なんと気高く崇高なものなのか」ということです。
自分の食い扶持を稼ぐためにつまらない仕事をこなし、その合間にこんな駄文を書いている自分という存在はいったいなんなのだ!同じ人間と呼ぶにはなんと情けないことか!
そんな自己嫌悪に駆られてしまいます。
中村さんたちの「気高く崇高な意志」をどんなことがあってもつぶしてはならない
いま思うことはそのことだけです。
以前、聞いた中村哲さんの講演で、アフガンの人々が示す日本人への特別な親密さについて語っていました。
大半のアフガン人は、日本のことを知っており、彼らが日本について連想することの一つは、ヒロシマ・ナガサキだそうです。被爆の悲劇と同時に、その後、あの廃墟から立ち直って繁栄していること、そして、「繁栄した国はたい
てい戦争をするが、日本は半世紀にわたって他国に軍事干渉しなかった」という賞賛、「平和国家・日本」「戦争で儲けない国・日本」というイメージがあるんだそうです。
しかし、いま、そのイメージは崩壊しつつあります。
中村さんは、こう言われました。
「日本人であることが、最大の安全保障だった。しかし、昨今の『国際貢献』や「国際社会に伍して』という主張は、これらを自ら葬り去るものであった」
と。
若者の命を奪った直接の要因はいろいろあるのだと思います。しかし、今回の「事件」の背景に、アフガン国内の混乱と治安の悪化があり、その根本に、アメリカを中心とする「多国籍軍」による報復戦争があることは明らかです。。
伊藤さんが拉致される4日前には、アフガン西部のヘラート州で米軍主導の多国籍軍による空爆がおこなわれ、60人の子どもを含む、少なくとも90人の何の罪もないアフガンの人たちの命が奪われました。
この2ヶ月間だけで、165人をこえる人たちが空爆で亡くなりました。
そして、この戦争を日本は「支援」しています。
福田首相は、9月からはじまる臨時国会の重要課題の一つに、アフガン空爆を支援する「新テロ特措法」の延長をあげています。
こんなことで、アフガンの混乱が解決すると思っている大ばか者はいったい誰なのか!
ひたすら混乱と紛争を拡大し、憎悪と悲しみを増幅させ、そして、中村さんたちの崇高な意思を踏みにじる以外の何ものでもありません。
民主党の前原副代表のコメントが「朝日」に載っていました。
「国際協力をより強化しなければいけない。(停戦合意を前提とした)わが党の考え方も当然変えなければならない」とのべ、想定される自衛隊の活動として航空輸送と民生支援の警護を挙げた。「民生支援を丸腰で出すことは、政治の決断としてやるべきではない」とも指摘した。
なんと、トンチンカンなことか!
ことここに至って、まだ自衛隊の派兵をいうのか!
ペシャワール会の活動に自衛隊の警護をつけるというのか!
それで、アフガンの人々の納得と理解が得られるとでも思っているのか!
何と浅はかな!
自分たちをいつ空爆するかもしれない米軍の手下である自衛隊に守られた「民生支援」など、これまで現地で築いてきたペシャワール会の信頼を根本から突き崩し、憎しみの対象とするだけでしかありません。
それから、昨晩の「報道ステーション」の加藤千尋さんのコメントには呆れてものが言えませんでした。
私の聞き間違いでなければ、加藤さんは、「アフガンのためにがんばっている日本人がいることを現地の人はあまり知らない。インド洋での給油活動も含めてもっと知らせていく必要がある」という趣旨のコメントをされたと思います。
話は、まるで逆です。
日本政府にできること。それは、ただちに自衛隊をインド洋から撤退させるとともに、世界に向かって多国籍軍がもたらした厄災を糾弾し、軍隊の引き上げを強く要求することです。
それが、中村さんやペシャワール会の活動を助け、伊藤さんの遺志に報いる唯一の道、政治の責任だと確信します。
伊藤さんの拉致という事態に直面し、1000人をこえる人々が捜索に加わり、彼の死に涙したという事実は重いものがあります。
アフガンの「復興支援」「民主化」をすすめると唱えるブッシュ大統領や福田首相が亡くなった時、ただの一人のアフガン人も一顧だにしないであろうことが十分に想定できるということを、彼らはもっと真剣に考えるべきなのではないでしょうか。
最後に、あらためて、伊藤さんのご冥福をお祈りします。
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