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2007年10月

2007年10月29日 (月)

恥ずかしげもなく、よくこんなチラシがまけるものだ

 ポチです。
 さて、相変わらず、仕事に追いまくられる毎日ですが、これは書かずにおれません。仕事を中断して更新しようと思います。
 実は、岩国のその後について、「書かねば」といつも思っていたのですが、なかなか、時間と機会に恵まれませんでした。しかし、これ↓には黙っていられません。

「市長リコールを」 米軍再編・移転容認派の住民団体が運動開始
                        毎日新聞 2007年10月27日
 米軍再編による空母艦載機などの岩国基地移転に反対している山口県岩国市の井原勝介市長(57)について「失政を重ねて市政を停滞させている」として、移転容認派の住民団体「岩国の明るい未来を創る会」が26日、市長のリコール(解職請求)を求める運動を始めることを明らかにした。市長の“失政”を列挙したビラを7万枚作り、27日にも市内全戸(約6万6000戸)へ配布を始める。
 会見した創る会の原田俊一世話人代表(74)は運動を始める理由として、約251億円の赤字が見込まれる愛宕山地域開発事業や、国の補助金約35億円が交付されない新庁舎建設などで、会の試算では新たに300億円の財政負担が必要となり「来年度予算も組めない」と指摘。ビラでは「井原市長に岩国市の安全・安心を任せられますか?」「新しいリーダーが必要」と訴えている。
 市長のリコールには有権者約12万人の3分の1にあたる約4万人の署名が必要。
 井原市長は「正式なリコール請求なのかどうか分からない。何も言うことはない」と述べた。



 そして、そのチラシというのがこれです。(表も裏も二分割されています。それぞれ、クリックすると若干ですが大きくなります)

Photo
Photo_2
                      (表)


Photo_3
Photo_4
                       (裏)


(この間の岩国基地への米軍艦載機移転をめぐる問題は、私の過去の記事(「基地の街岩国」のカテゴリーです)を参照してください)


 なんじゃ~、このチラシは!
 よくも恥ずかしげもなくこんなチラシがまけるものだ。

 だいたいこうした事態を招いた責任は誰にあるのか!
 まず、市庁舎建設問題で言えば、市長には何の責任もない。市庁舎建設の補助金は、艦載機移転問題とは何の関係もない。一方的に国が約束を破っただけの話。
 なぜ、それで井原市長を責める必要があるのか?
 チラシには、そもそも市庁舎建設が過大だったのだとの趣旨が書かれているが、そのことは否定しない。しかし、今起こっている問題はそういうことではない。補助金を出すと国が言うから建て替えがはじまったのだ。始まった後になって「出さない」と国が言い出したことに、今回の問題があるのだ。常識だろう?

 そもそも、このチラシをつくった人たちは、国のやっていることに道理があると思っているのか?そんなはずはない。
 誰が考えても道理はない。それもこの人たちだって同意するはずだ。だから、国との「約束があいまいだった」ということでしか市長を責めることができない。
 ようするに、道理のない国の横暴に乗っかって、道理のない市長イジメをしているだけだ。
 本当に、この人たちが市の財政問題を心配しているのなら、市長ではなく道理もなく約束を破った国を責めるべきだ。国に対して「約束どおり補助金を出せ」と迫るべきだ。それこそが「道理」だろう。国が補助金を約束どおり出せば、少なくとも市庁舎建設問題は解決するのだ。
 それをしないのなら、この人たちは、本当は市財政のことなど、市民のことなど何も考えておらず、目的は別にあるということだ。



 さらに、愛宕山開発の破たんの問題では、たしかに井原市長の問題もあるだろう。しかし、この人たちがそれを言えるのか? という問題だ。
 そもそも、この計画が持ち上がった時に、誰が賛成したのか?
 米軍基地「沖合移設」の埋め立てのための土砂を愛宕山を削ってとるという目的を合理化するために、ありもしない住宅需要なるものを強引にでっち上げて、誰が見ても過大な開発計画を立てたのが、この「愛宕山開発」。県議会でも市議会でも、共産党など一部の議員以外はみんな賛成したのではなかったのか!
 この「岩国の明るい未来を創る会」(以下「創る会」)なる団体に集っている市会議員は、全員積極的に賛成したはずだ!
 しかも、この「創る会」というのは、商工会議所で会議を開いていることからもわかるように、商工会議所の幹部連中が中心にいる。その商工会議所の連中が一生懸命推進して来たのが愛宕山開発ではなかったのか!
 財政悪化の責任が自分達にもあることになぜ口をつぐんでいるのだ!



 「意見をまとめられず、決断できない無責任・無能」とは誰に言っているのか?
 言うに事欠いて、「国の政策との折り合いがつけられ」ないことを「市長失格」の理由にしている。なぜ、「国の政策との折り合い」を持ち出すのか?住民の願いと国の政策と、市長にとって大切なのはどっちなのか?そんなこともわからないのか!
 圧倒的大差で「受け入れ拒否」の意思を示した住民投票の結果をなぜ書かない?
 市長選挙で、「移転反対」を公約に立候補した井原市長とこのチラシの作者達が担いだ候補者との差がどれだけあったかなぜ書かない?


 「市民のため」「市財政を心配して」というようなポーズをとりながら、実は自分たちの金儲けのことしか考えていない。
 こんな連中に好き勝手は絶対にさせない。



 フ~~。怒りに任せて一気に書いてしまいました。
 いよいよ、岩国を巡る問題は大詰めを迎えています。
 岩国は、母の故郷です。私も子どもの頃、父親が結核で長期入院している間、母の実家に預けられ、岩国で幼稚園に通いました。
 住民の願いなどこれっぽっちも考えないような人たちに好き放題させたくはありません。私も微力を尽くすつもりです。

 書きなぐって、ちょっとだけ興奮がおさまったポチでした。
 では、また。

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2007年10月27日 (土)

「子どもを守る」ということ

 ポチです。
 気がついたら、10月はまだ2回しか更新していません。「これはまずい」と思い、今朝は早起きしてがんばっています。
 すっかり秋も深まり、朝晩は寒いくらいです。でも、昨日の昼間は、台風が接近しているせいなのか、蒸し暑い一日でした。みなさん、変な気候ですがお変わりありませんでしょうか?

Photo  昨日、亀田興毅くんの「謝罪会見」の様子をTVで観ました。感想を一言でいうと「立派だった」でしょうか。二十歳の若者が、出てこない親父の替わりに「亀田家を代表して」1時間半にもわたって耐えていました。観ていて涙が出てきました。(写真は「毎日」からお借りしました)
 自らまいた種とはいえ、つらい時間だったでしょう。「強くなってほしい」と心から思いましたし、「こいつは必ず強くなる」とも思いました。

 それにしても、親父はいったい何を考えているのか、よくわかりません。
 あれほど「子どもを守る」と言っておきながら、穴倉に入り込んで出てこず、世間の冷たい対応から逃げ、それを子どもに背負わせる。これじゃあ、「子どもに守ってもらっている」としか思えません。

 もちろん、これまで、史郎さんはいろんな苦労をして、子どもたちを育ててきたのでしょう。それは私たちにはうかがい知れません。これまでも何度も修羅場があって、そのたびに、彼は子どもを守ってきたのかもしれません。なかには、今回以上の修羅場もあったのかもしれません。
 しかし、今回の出来事は、これまでの亀田家の価値観のほとんどすべてを覆すような大きな転換点であることは間違いありません。そのときに、逃げてしまって・・・。自分ならどうするだろうとも考えて、正直、腹立たしい思いがしました。
 出てこないのは、出てこないなりの私たちにはわからない深い理由があるのかもしれません。しかし、どんな理由があったとしても、昨日こそ、体を張って子どもたちを世間の冷たい仕打ちから守らなければいけないときだったような気がしてなりません。

 それでも、興毅くんから「世界一の親父です」って言ってもらって、どういう気分だったでしょうか。

 興毅くんも大毅くんも、ボクシングでも、そして人間としても、強くなってほしいと心から思いました。

 

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2007年10月15日 (月)

給油活動に反対する人はテロリストか?

 ポチです。
 仕事に追われています。この土日も仕事でした。
 涼しくなって、過ごしやすくはなったのですが、夏の疲れがドッと出ている感じです。先週の木曜日は、むりやり休みを取りました。
 それで、体を休め、ブログも更新しようと思ったのですが、ふと庭を見たら、夏の間放置していたせいで草ぼうぼう。朝から、セッセセッセと草むしりをしました。汗をタラタラ流しながら、その汗をぬぐおうともせず、ひたすら草を抜く・・・。「ア~、ハードボイルドだなあ~」などと自己陶酔にひたりながら・・・。気がついたらお昼。抜いた草は大きなビニール袋9つ分にもなりました。
 で、疲れてしまって、シャワーを浴びて昼食をとったあとは、バタンキュー。けっきょく、何のための休みだったのかわからなくなってしまいました。
 でも、雑草のない庭を見て、なんともすがすがしい気分になりました。




 で、今日は、あまりにもおもしろい記事があったので、更新することにしました。それはこれです。↓

「給油活動反対はテロリスト」 自民・中谷氏、民主を批判
                (asahi.com 2007年10月15日12時08分)
Photo  自民党の中谷元・安全保障調査会長は14日のフジテレビの番組で、インド洋での海上自衛隊の給油活動について「テロをなくそうという国際社会で非常に評価されている。これに反対するのはテロリストしかないのではないか」と述べ、反対している民主党の対応について「理解できない」と批判した。
 これに対し、民主党の鳩山由紀夫幹事長は同日の記者会見で「国民の3割が給油活動に反対しているが、日本に3割のテロリストがいるという話になる」と反論。「テロリストをなくさなくてはいけない作戦で、テロリストが急増している。戦争によって本当にテロがなくなるのか」と、給油活動への疑問を改めて示した。



 ということは私もテロリストだということになります。
 アフガニスタンや隣のパキスタンで医療活動や井戸掘りでがんばっているペシャワール会の中村哲医師もテロリスト。

 実際に、番組を観ていないので、中谷さんの発言全体についてはわかりません。この報道を読んだだけの感想になってしまいますが、ホントに中谷さんって面白い人ですね。感心してしまいました。

 これほどまでに短絡的な思考ができる人もめずらしいのではないでしょうか。
 まずなによりも、給油活動に反対している人が「なぜ反対しているのか」がまったく考慮されていないことには驚かされます。
 給油活動について、中谷さんには中谷さんの言い分があるでしょう。「テロリストを撲滅するためのたたかいへの国際貢献だ」とか。私は同意しませんが、中谷さんがご自分の考えをもたれることに関してはまったくの自由です。
 かりに、私がこの中谷さんの考えを批判するとしたら、その考えのどこが間違っているのかを話すことになると思います。そして、そのこと自身が私のこの問題に対する考えの表明にもなるわけです。
 そして、食い違う点が中谷さんと私の間での「議論」の対象になります。

 ところが、中谷さんは、自分と異なる意見を批判する場合、自分の論理の枠の中から一歩たりとも出ず、「自分の意見と異なるからダメだ」と切って棄てるわけです。これでは、相手に対する批判とは言えないし、議論にもなりません。ただの悪罵です。


 いま、中谷さんに問われているのは、私たちが投げかけている問題にきちんと答えることではないでしょうか。

 先ほど名前をあげたので、中村哲医師の例で話をします。
 中村哲さんと言えば、BLOG-BLUESさんです。最新のエントリでも中村哲さんをとりあげておられます。

   http://blogblues.exblog.jp/6289813/

 ここで紹介されている中村哲さんの文章の一部を抜書きします。

「・・・(前略)・・・ この現実を無視するように、米英軍の軍事行動は拡大の一途をたどり、誤爆によって連日無辜(むこ)の民が、生命を落としている。被害民衆の反米感情の高まりに呼応するように、タリバン勢力の実効支配が進む。東京の復興支援会議で決められた復興資金45億ドルに対し消費された戦費は300億ドル。これが『対テロ戦争』の実相である。・・・(中略)・・・『殺しながら助ける』支援というものがあり得るのか。干渉せず、生命を尊ぶ協力こそが、対立を和らげ、武力以上の現実的な『安全保障』になることがある。これまで現地が親日的であった歴史的根拠の一つは、戦後の日本が他国の紛争に軍事介入しなかったことにあった。特措法延長で米国同盟軍と見なされれば、反日感情に火がつき、アフガンで活動する私たちの安全が脅かされるのは必至である。『国際社会』や『日米同盟』という虚構ではなく、最大の被害者であるアフガン農民の視点にたって、テロ特措法の是非を考えていただきたい」(毎日新聞より)


 もう一つ。この記事を紹介したエントリへのBLOG-BLUESさん自身のコメントも紹介しておきます。

「『ペシャワール会』は、襲撃されても一切応戦しない。生命の危険が迫った場合は撤退する。この大原則を打ち立てて活動してらっしゃる。で、こう断言している。『アフガニスタンの実体験において、確信できることがある。武力によってこの身が守られたことはなかった。私たちにとって、平和とは理念ではなく現実の力なのである。』自らの血と汗と涙で掴んだ真実の言葉ですね」

 何かで読んだのですが、中村哲さんは、もう何年も白衣を着ず、井戸を掘るため、水路をつくるために重機の運転をしているそうです。まさに、BLOG-BLUESさんの言われるとおり、「自らの血と汗と涙で掴んだ真実の言葉」だと思います。


 いま、中谷さんが、ごまかすことなく、そして、自らの論理の崩壊を恐れて逃げ出すのではなく、真摯に答えなければならないのは、この現地で必死になってがんばっているこの中村哲さんの問いかけに対してではないでしょうか。

 私の友人の医師は勤めていた病院をやめて、ペシャワール会に参加しました。
 現時点で、どこで何をしているのかわかりませんが、彼が元気でがんばっていることを心から願っています。

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2007年10月 8日 (月)

アフガン報復戦争開始の日に――SHOGO's Words No.17「A NEW STYLE WAR」

 ポチです。
 なんとなく疲れてしまって、PCに向かう気力が起きませんでした(仕事では毎日向かっているのですが)。更新することはもちろん、他の方のブログにお邪魔することもほとんどありませんでした。
 まだ、気力が充実してきたというわけでもないのですが、とにかく更新してみることにします。


 ノリックが死んだ・・・・。
 交通ルールを無視してUターンしたトラックに巻き込まれて・・・。
 18才で全日本ロードレースにデビュー。いきなり史上最年少チャンピオンに。2年後から、ワールドグランプリ500ccにフル参戦。WGPでは通算3勝、表彰台17回。
 ショックだ・・・・。
 阿部典史、享年32歳。心からご冥福をお祈りします。



 さて、気を取り直して本題を。
 6年前の今日、米軍がアフガニスタンへの報復戦争を開始しました。9・11からほぼ1ヶ月後でした。そして、その1ヵ月後には、「テロ特措法」なる法律が成立、自衛隊がインド洋に派兵されました。
 今年に入ってからだけでも、アフガンの民間人の被害者は1000人をこえると言われています。日本の自衛隊の補給艦から給油を受けた艦船から飛び立った米軍機がアフガンの地を空爆し、無差別殺人を繰り広げています。


 そして、6年後の日本では、この報復戦争を憲法を踏みにじって支援してきた「法律」をめぐって論争がおこなわれています。
 自民党の福田さんは「日本が国際社会に果たすべき責任」と言われ、民主党の小沢さんは「国連決議があれば武力行使も」と言われているようです。
 どちらの言葉も、まったく現実感がなく、空疎です。アフガンでどれだけの罪もない人が苦しんでいるのか、ということをこの人たちは考えないのでしょうか。その苦しみを与えることに手を貸している国の総理大臣と野党第一党の党首としての発言の重みはなく、胸の痛みを感じさせるところはまったくありません。
 福田さん、小沢さん、あなた方の手はアフガンの人たちが流す血にまみれているのです。その自覚をこそ、もつべきです。外国がどう思おうが、国連がどんな決議を出そうが関係ありません。人々の死に手を下している(間接的ではあっても)ことを前提にしたあなた方の言葉を聞いてみたい。
 


 ということで、「A NEW STYLE WAR」です。
 1986年9月にリリースされたアルバム「J.BOY」の1曲目に収められた曲。衝撃の一曲でした。
 『ロッキング・オン・ジャパン』という雑誌の87年1月号で、アルバム「J.BOY」についての浜田省吾のインタビューが掲載されています。そこで、浜田はこの曲について、次のように話しました。

「日本は平和だし、世界も今は、ほら、ソ連とアメリカも一時の緊張感ってなくなってきてるでしょう? だけど、これからの戦場っていうのは国境で区切られる戦場ではなくてね、いきなり東京の丸の内のビルが爆破されるかもしれないし、病原菌や自然破壊やそういったことが新しい戦場になるわけで、ある意味では今まで以上に平和な時代ではないんじゃないかなって。あまりシリアスにならないように、書いたつもりですけどね」

 十分にシリアス、そして、時代を先取りしたリアルな曲です。

 浜田省吾、「A NEW STYLE WAR」。
 それではどうぞ。


      

             A NEW STYLE WAR 

地下から地下へ運ばれた爆発物
国家に養われたテロリスト
成層圏に軍事衛星
It's A NEW STYLE WAR


飽食の北を支えてる

飢えた南の痩せた土地
払うべき代償は高く
いつか A NEW STYLE WAR

Shogo9_2

貧困は差別へと 怒りは暴力へと
受け入れるか 立ち向かうか
どこへも逃げ出す場所はない
It's A NEW STYLE WAR

ひび割れた原子力
雨に溶け 風に乗って
受け止めるか 立ち止まるか
どこへも隠れる場所はない
It's A NEW STYLE
It's A NEW STYLE WAR

愛は時に あまりに脆く
自由はシステムに組み込まれ
正義はバランスで計られ
It's A NEW STYLE WAR




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